知の地図をつくろう

熱海のピンクはどこから来た?お湯と宗教とわたしの関係

縁結び神社やキャバレー、秘宝館……。温泉地・熱海に広がるエクスタシーを求める町並みは温泉がつくった? 文化人類学専門の大野旭先生(静岡大学)と熱海のまちを歩いてみました。

【取材/川合里香(静岡大学)|取材・文/寺島美夏(静岡大学)】

大野 旭先生

静岡大学 人文社会科学部 社会学科 文化人類学コース教授(写真:左)。専門はモンゴルの歴史文化。近年東アジアや中国に住むイスラム教徒も研究。フィールドワークで各地のお酒を飲むのが楽しみ。

男性と女性はセットで豊穣。熱海の鼓動が聞こえてくる

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来宮神社から間欠泉へ。大楠を起点に溢れ出るもの

熱海の地図を広げて有名な大湯間欠泉に目をやると、南方に来宮神社がある。縁起や来福の神社として知られ、調べてみると、境内には男性を象徴する大楠と女性的に表現されることの多い弁財天があった。神社の裏山から染み出る水は糸川となって熱海の街に注がれ、それに沿う形で温泉街が形成されている。
 「尖っているものは男性的、穴があって泉があるから女性的っていう性的な解釈は一種の素朴な発想なんだよ。男性的なものと、女性的なものはセットで豊穣なんだ。セットだから人間が生まれるし、人類の繁栄を象徴として信仰の対象になる。」

そう教えてくれたのは文化人類学を専門とされている大野旭先生。確かに、来宮神社の境内にある弁財天にはお社の中にインド的な女性の像と、とぐろを巻く白蛇が祀られている。とぐろを巻く蛇はその円の形から永遠・不滅の象徴であるウロボロスと古くから考えられてきた。つまり、来宮神社には命の根源である水(糸川)、それを得て成長した巨木(大楠)と豊穣の象徴(弁財天)が全て揃っている。やはりここは熱海の生命エネルギーの発祥地といえる。

来宮神社にある弁財天。とぐろを巻く白蛇がたくさん

来宮神社にある弁財天。とぐろを巻く白蛇がたくさん

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そんな生命のエネルギーが地表に勢いよく噴出したところがあった。それが来宮神社から徒歩9分ほどのところにある間欠泉と湯前神社だ。熱海温泉の源泉として知られる大湯が湯気をあげている境内は来宮神社とは対照的に静かで厳かな雰囲気。神社の石碑には寄付者である企業や商店の名も刻まれ、古くから神聖視されていたことがわかる。しかし……、

「! キャバレーニューアタミ?」
いきなり現れた俗っぽい名前。神聖な場所になぜ、という編集部の疑問に大野先生が答えてくれた。
「宗教はあらゆるものに救いの手を差し伸べている。キャバレーだからってこだわらない。王家の姫だってある日、没落してそこで踊るかもしれない。場所を選ばないのが宗教なんだよ」
他の温泉地とは違い、熱海の街も人も欲望も、どこか開放的である理由がわかった気がした。

平素の自分のマスクを外して楽しめるのが熱海なんじゃない?

糸川下流周辺で見つけたピンクなお店。

糸川下流周辺で見つけたピンクなお店。

湯泉神社から徐々に混ざり合う猥雑さと洗練さ

前神社の神聖な雰囲気から離れるにつれて、温泉街であるはずの熱海に賑やかで俗っぽい姿が現れる。通りにはスナックが軒を連ね、ソープランド、芸者置屋などドキッとする建物も。来宮神社から流れ出た豊穣・生命の水は人々の欲望を吸収しながら、まるでそれを洗い流すかのように海に注がれている。

地図をよく見てみると糸川の河口から直線を結ぶようにして熱海市浄水管理センター、そして後楽園ホテル、秘宝館がある。来宮神社を起点に信仰と俗世が入り乱れた猥雑な街・熱海は少しずつ洗練され、ピンクなお店やホテルが幅を利かせる都会的な街になっている。猥雑さと洗練さ、温泉は相反するものを結びつける唯一無二の潤滑油なのかもしれない。

「温泉の本質は人類学的にいえばエクスタシーだよ。人が風呂に入るのは衛生のためというよりも、風呂に入ると気持ちがよくなるから。熱海は温泉で快感を味わって、さらに違う種類の快感を求めて街に出るのに最適だと思う。だって、その時々で洗練と猥雑どちらを求めるかは違うでしょう?」
両方を兼ね備えたところがいいよね、と大野先生。現代は欲望がきれいに隠され、抱えるストレスの捨て場が見えない街がほとんどだ。でも猥雑なものから洗練されたものまで魅力的な欲望を残したこの街は、私たちに素直になってもいいと教えてくれる ♨︎

歩いたルートと見つけたもののマッピング!

歩いたルートと見つけたもののマッピング!

スタートはJR熱海駅から北西に徒歩18分、大楠のある来宮神社

スタートはJR熱海駅から北西に徒歩18分、大楠のある来宮神社

来宮神社にある樹齢2000年の大楠。1周回ると寿命が1年延びるらしい。

来宮神社にある樹齢2000年の大楠。1周回ると寿命が1年延びるらしい

来宮神社から徒歩9分の場所にある湯前神社

来宮神社から徒歩9分の場所にある湯前神社

熱海温泉の源泉として知られる大湯。

[間欠泉]熱海温泉の源泉として知られる大湯

湯泉神社から徒歩10分ほどの糸川下流周辺。

湯泉神社から徒歩10分ほどの糸川下流周辺。

文豪に愛された老舗旅館「起雲閣」

文豪に愛された老舗旅館「起雲閣」

[起雲閣]文化財として蘇った今も豪華な雰囲気を留めている

[起雲閣]文化財として蘇った今も豪華な雰囲気を留めている

 スナック街。「日本の植民地だった国名が多いのは現地女性を懐かしむ男のロマンゆえ」と大野先生。

スナック街。「日本の植民地だった国名が多いのは現地女性を懐かしむ男のロマンゆえ」と大野先生

熱海秘宝館 入口。艶っぽい人魚がお出迎え

熱海秘宝館 入口。艶っぽい人魚がお出迎え

マスクを外して熱海の街に同化する為の大事な工程。それが温泉なのかもしれません

マスクを外して熱海の街に同化する為の大事な工程。それが温泉なのかもしれません

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この記事は静岡時代44号「混浴都市、静岡。」に掲載されています。
「温泉」から眺めた新しい静岡学。大学生のうちに行きたい静岡温泉マップ付き!
県内のすべての大学・一部の高校にて配布・設置しています。


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