知の地図をつくろう

お湯の歴史にドラマあり。形を変えるお風呂の常識

他人の前で裸にならなくてはならない温泉は実に無防備で濃い体験である。なぜ人はそうまでして温泉を求めるのか。温泉観光文化専門の斉藤雅樹先生に聞いてみた。

【取材/川合里香(静岡大学)|取材・文/森下華菜(静岡大学)】

斉藤 雅樹先生

東海大学 海洋学部 海洋文明学科 教授(写真:中央)。専門は環境海洋学、温泉観光文化など多岐にわたる。個性的なお湯が好きで、入ると肌がヌルヌルする入浴剤を開発してしまうほど。静岡で好きな温泉は平山温泉。

突如現れる温泉は、神話でしか説明がつかなかった

――人が温泉に入るようになった理由と時期を教えてください。

まず、温泉について簡単に説明すると、法的には「温泉」は地中から湧き出る水と蒸気に限られます。そして、25℃以上であること、総硫黄や鉄イオンなどの一定成分を含んでいることのどちらかを満たす必要があります。温泉ってお酒と同じと考えればわかりやすい。日本酒、焼酎、ビール、ワインなどお酒っていろんな種類があるじゃない? 温泉も同じで、濁り湯もあれば、無色透明無味無臭の温泉、静岡でいえば静岡市内には硫黄泉もあれば、ヌルヌルする湯、三保には銅が混じった温泉もある。

具体的にいつ利用し始めたかという記録は残っていませんが、大分県の別府温泉は5万年前から湧いていたことがわかっています。初めは温泉の蒸気を使って物を蒸したり、料理をしたり、適温のものを利用していたと考えられています。

でも、意外にも湯につかるという文化が広まったのは江戸時代中期と言われています。それまでは蒸し風呂が中心でした。いわゆるスチームサウナですね。
蒸し風呂が一般的だった理由の一つに仏教の影響が挙げられます。蒸し風呂の入浴法は8~9世紀頃に仏教とともに伝わったとされています。全7千巻もある経典に『仏説温室洗浴衆僧経』というものがあって、蒸し風呂の入浴作法が記されています。要は修行のために身を清めるわけですね。石室を作って、その中で焚き火をして、濡れたむしろをかぶせる。石鹸の代わりに小豆を使って体を清める。今でも瀬戸内地方には仏教の浴場遺跡が多く残っていますよ。

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――蒸し風呂の方が主流だったのですね。熱海に伝わる伝説に、「海から湧き出た熱い湯が魚たちを焼き殺したため熱泉を山へ移した」というものがありました。温泉は畏れの対象だったのでしょうか?

超自然的な事柄を説明しようとして神話が生まれたのだと思います。例えば、日本で一番古いとされている道後温泉は、少彦名命の怪我を大国主命が治すために、九州から海底に樋をひいてお湯を引っ張ったことが起源だとされています。温泉地特有の地形は山の中や川沿い、あるいは急峻な場所の海などですが、道後温泉はただの平野にあります。きっと昔の人には、突如現れた温泉に超自然的な理由があるに違いないという感覚があって、このような伝説が生まれたのだと思います。熱海の神話についても同じことが言えるでしょうね。

――では、一般的だった蒸し風呂から「お湯につかる」という文化ができたのはなぜなのでしょうか?

井戸が増設されるなどさまざまなインフラが整備され、生活が豊かになったからだと思います。お湯を沸かすのは蒸気よりもずっと水と燃料が必要ですからね。実は江戸時代には風呂屋と湯屋が分かれていました。風呂屋というのは蒸し風呂で、湯屋というのは湯船につかるお風呂です。江戸時代からこれまでお寺にあったお風呂が独立・商業化されて、銭湯という形をとるようになりました。だから、いまだに銭湯の外観ってお寺風ですよね?

かつての蒸し風呂から全身浴へと変化してきたように、常識は変化しています。今の学生ってほぼ清潔なんだよね。僕らが学生のときってみんな臭かった(笑)。あんまり危険なこともしないし、清潔感・安全性・快適性に対する基準がどんどんシビアになっていると思います。

この3つが究極まで進むと未来の入浴様式はどうなるか。僕が提唱しているのは、温泉に向かって脱衣所が2つある浴場です。服を脱ぐ場所と着る場所は今後別の空間になる。服を脱ぐところはいいんだけど、着るところは完全に清潔で快適。乾燥していてね、水が一滴も落ちていなくてすごく涼しいの。脱衣箱は両側から開けられるようになっている。つまり一方通行のライン式になると思うんだよね。

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温泉が先か、町が先か。掘削型も自噴型に負けず劣らず

――静岡には、熱海や伊豆では昔から湧き出ていた温泉、反対に舘山寺温泉は昭和になってから引かれた比較的新しい温泉など、温泉の始まり方に違いがありますが、それによって形成される風土に違いはあるのでしょうか?

自噴によってつくられた歴史ある温泉と、明治以降に掘削技術が普及してから掘られた温泉がありますが、町並みのつくりは様々です。温泉が先か、町が先かということですが、確かに前者は間欠泉を中心に町並みが形成されたり、後者の場合は温泉ができても町並みはあまり変わらず、温泉街という感じはしないかもしれませんね。

でも、昔ながらの自然に湧き出る温泉でないと伝統がない、ということではありません。新しく引かれた温泉でも貴重なものはいくつもあります。例えば、静岡市内では静岡駅から車で10分程にある美肌湯という硫黄泉がその一つです。箱根大涌谷に黒い卵が名物で売っているでしょう? あれ温泉の鉄分と蒸気中の硫黄分が反応して、硫化鉄となって黒く色づくのです。同じように、美肌湯の源泉にも真っ黒な沈殿物があります。だからお風呂に入ると足の裏が黒くなったり、お尻が黒くなったりするんですよ。硫化鉄が出ている温泉はとても珍しく、全国でも十数か所しかありません。新しく引かれた温泉は歴史ある温泉と比べると劣っているように感じるかもしれませんが、そんなことはないです。温泉の起源はそれぞれですが源泉のお湯はどれも魅力的なんです。

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温泉とは海外旅行のようなもの。細かいことは気にするな!

――人はお湯自体に惹かれているということでしょうか?

少なくとも僕はそうですね。温泉に行くとなんだかテンションが高くなりませんか? これは海外旅行に行くのと一緒です。例えば、海外では全然知らない人たちの中、慣れない言葉で対応しなくてはいけませんね。海外という特別な環境の中では買い物や食事といった日常でさえも、普段より大きな決断をするように感じられます。

温泉に入るには、大勢の知らない人のいる中で裸にならなくてはいけない。地方や地元の人しか入らないような奥地に行けば、習慣も違うし、ハードルも高い。「新参者用の桶がある」なんてローカルルールがあったりする。温泉って癒されるというけど、それだけじゃなくて、細かいことを気にせず行動的にならざるを得ないというところもあるんじゃないかな。一回り大きくなって、「俺よくやったなあ」って感じで帰ってこれる。それが温泉の冒険性だと思いますね ♨︎

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この記事は静岡時代44号「混浴都市、静岡。」に掲載されています。「温泉」から眺めた新しい静岡学。大学生のうちに行きたい静岡温泉マップ付き!
県内のすべての大学・一部の高校にて配布・設置しています。


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