みんな気づいてないだけ。身近にあるよ「公衆衛生看護」〜水田明子先生
専門の知識を身につけることが大学での学びなの? それって結局高校と同じ気がする。専門性の高い分野で、「学ぶ」とはどういうことなのだろうか。
水田先生 私が現在研究している「公衆衛生看護学」は、保健師という仕事の経験に基づきます。実は、かつて私は文系の短大に通っていました。同時に「生涯を通して働ける、人の役に立つ仕事がしたい」と考えていて、病院で働いている従姉から保健師を勧められたことが、この仕事に出会ったきっかけです。
仕事内容について調べてみると、行政に就職した後、一つの地区を任される。その地区の健康度を高めるために働きかけること、自分で何が必要なのか考えて主体的に動き、しかも健康を通して人の役に立つ。そんな仕事だと知って、すごく魅力を感じました。そこで短大卒業後に看護学校に進学したんです。
そんな中ある女の子と出会いました。その子は拒食症で何回か入退院を繰り返していて、お家に帰るとまた悪くなってしまう。その理由を考えてみると、家庭の状況や学校の人間関係などが絡んでいるのではと思ったんです。でもそれって病院に来る前段階でセーフティネットみたいなものが働けば防ぐことができるのではないだろうか。地域の中で働く保健師はその役割を果たせるのではないかと思って、さらに魅力的に思えたんです。これは現在の研究テーマでもある「生徒のメンタルヘルス」というところにも繋がっています。
——保健師という仕事をきっかけにこの学問に繋がっているのですね。では看護学ではない、地域との関わりを持つ公衆衛生看護学を学んだからこそ良かったことってありますか
水田先生 看護という視点だけに留まらず、人との繋がりによって多くのものを現場に還元することができるところでしょうか。例えば、ある中学校での研究から生徒のメンタルヘルスと同様に、「先生方にも自分自身のメンタルヘルスについて考えてもらいたい」と提言をしました。私の研究はそれで終わってしまうんですけど、その論文を基に実際に中学校で働いている先生がポジティブメンタルヘルス導入の手引きを作成し、現場で使えるように取り組み内容のチェック表として具現化してくれたんです。こうやって、他分野の方との繋がりから研究が広がっていき地域に返せるものもたくさん出てくるというのは良いことでした。病院での看護は目の前の患者様を対象にしますが、公衆衛生看護の対象は地域に暮らす人全てです。そのため、保健師の魅力は、環境や社会のシステムに働きかけて住民の皆さんの健康や命を守ることができることです。
逆に残念なこともあって、公衆衛生看護学は地域を対象とするため集団からのデータを分析するのですが、看護学だと個々の声を大切にしています。
職種が違っても地域の健康課題の解決のために協力できる一方で、同じ職種でも研究方法が異なると理解が難しいものもあります。いずれにしても、コミュニケーションをとって目的や課題を共有することが大事になりますね。データも生の声もどちらも大切だと思うし難しいことなので、それぞれの方法を究めたもの同士が協力できればより良い成果が得られると思います。
——目的を共有できることによってさらに得るものが増えるというのは魅力的ですね。では、高校と大学での学びの違いはどこにあると思いますか
水田先生 大学でも、もちろん高校までと同じように授業形式で知識を身に付けて試験をやる内容もありますが、大学で学ぶということは卒業研究の中に集大成としてあるのではないかなと思います。卒業研究では学生が今ある知識を持って、何か新しいクリエイティブなことをしています。教員ができることは研究方法に関する助言です。その学生が持った研究疑問の解決は教員にとっても初めてじゃないですか。学生が主体となって進めていき、それで最後に何かほんの少しかもしれないけど、新しいことに辿り着ける。この主体的に進める姿勢、「学ぶということを学ぶ」ことが大学教育なのではないかなと思います。
その研究を進めていくためには、議論するということができるようになる必要もあると思います。
議論することにおいて重要となってくるのは人の意見を一旦は受け入れて考えた後に、自分の意見もしっかりと主張できることです。主張するということはただ自分の感情や思いを言うだけの『言い張る』とは違い、根拠に基づいて丁寧に自分の意見を相手に説明することです。これができれば相手も聞いてくれるんですよね。それでも違うときは違うと言ってくれるし、あってればやっぱりそうだねって言ってくれる。議論を繰り返して研究が進み、一つの成果として論文が出来上がるんです。
——大学での学びは「主体的に」行うものなのですね。高校から大学へは様々な面で大きな変化をもたらしそう。それを乗り越えるために、大切なことってありますか
水田先生 高校生の皆さんはある一つの事実を覚えるという受け身の授業のほうが慣れているかもしれません。でも、やはり大切になってくるのは「なぜそうなるのか」という部分です。
例えば、「日本の平均寿命は○○歳です。」と覚えていても、「なぜ日本の平均寿命が長いのか」という理由の部分を答えることはできますか? しかし、これから大学で行っていく研究的な思考や、物事の問題を解決する力はこの「どうしてなのか」という根拠を考えることによって身についていくものです。
なので、大学に入ってからはある疑問に対して自分の考えをもつことを大事にして欲しいなって思います。 また、「なんでだろう」と思っていたことを大学に入ったらつきつめてやってほしいなと思います。大学の教員だって学生さんの疑問については未知の世界です。でも、大学にはいろいろな先生がいて、それぞれ違ったその疑問に対するアプローチの方法、視点を持っていらっしゃいます。
もちろん、そのなかに一つだけ正解が隠れているのではありません。組み合わせて考えてみて、自分なりの考えを見つけてみてください。答えは決して一つではないんです。だから大学での学びは面白いのだと思いますよ。
水田明子先生
浜松医科大学医学部看護学科地域看護学講座准教授。神奈川県立衛生短期大学専攻科を終了し、浜松市に入庁。保健所保健師として勤務し、出産を機に退職。現在は中学生など思春期のメンタルヘルスについて研究を行っている。
文・外山矩実(静岡大学人文社会科学部言語文化学科2年)/ 調整・峰松美祈(静岡大学農学部生物資源科学科3年)