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2018-02-18

つい、旅立ちたくなってしまう……。この気持ちの正体とは?

人生は旅。大学生活も旅。「限られた大学生活でもっといろんなことに挑戦したいシンドローム」の私って、どうなのだろう? 勢いで突き進んでしまう大学生が進むべき道を考える。

[文:大平友香(静岡県立大学国際関係学部3年)/写真:増田純一(常葉大学外国語学部4年)]

玉利 祐樹先生

S静岡県立大学経営情報学部講師。専門は行動意思決定論で、人間の状況依存的な選択行動を説明するモデルの検討を行っている。過去に沖縄に行ったとき、観光名所は巡らず、半日ホテルでゆったりしていたとか。

合理性を求める前に、まず「理」を探る

ーー私は、時間のある大学生活でいろいろなことに挑戦したいと思っています。しかし手に余り、不完全燃焼状態になりがちです。どうしたら合理的に物事に取り組めるでしょうか。

大学に入ると、急に自由になり選択肢が増えた気になりますよね。一般的に人は、目の前のものと未来のものでは、未来のものの価値を低く見る傾向があるのです。例えば「今すぐ千円もらえる」か「一週間待ったら一万円もらえる」かを選べと言われたら、一週間待つ人が多いと思います。ところがもし「一年間待っていたら一万円もらえる」だったら、大体の人が今すぐ千円を受け取ると思います。同じ一万円なのに一週間後と一年後では不思議と価値が違うように思えますよね。結局、未来のものの価値を低くみる傾向が強い人は現在価値に重きを置くので「今」やれることはなんでもやりたくなるのだと思います。

いろいろな目標がある状況では、目標すべてにベストな結果を得るのは原理的に保証されません。二つの評価軸「値段」「品質」があった場合、両方を求めることには限界があります。心理学者のハーバート・A・サイモンは「人間は認知能力として、合理的に判断しようとしても完全に合理的には判断できず、ある一定のところで満足のいく選択肢を探す」という限定合理性の概念を提唱しています。「合理的」とは「理に合っている」ことですから、まず基準である「理」を明確にしなければなりません。いかに満足できるかを探ることで、不完全燃焼感は解消されるかもしれませんね。

ーー「満足」というと自己満足な感じがしますが、例えば「就活に役立てるため」のように、自分の中で明確な目的があって挑戦する場合に、ためになる経験にするにはどうしたらいいですか?

基本的に今やっていることが将来何になるかは現時点では評価しづらいので、目的があり、本当に関心があればそれを一生懸命にやればいいと思います。学問は事例観察から入って、抽象化を行います。そのような抽象化された説明は、条件の揃う他の事例にも当てはめることが可能です。このように経験においても個別の経験で終わらせず、その結果「何を学び、どのように活かせるのか」、一段上のレベルで考えることが一番重要だと思います。仮に「就活のため」という目的があったとして、大学生の思いつく範囲の経験は既に誰かがやっていますからね。

身もふたもないことを言うと「就活のため」と考えている人は大学に来た本来の目的を見失っているかと思います。就職は最終目標ではなく、サブゴールの一つでしょう。大学生からすると、就職したらひたすら働き続けてそれで終わりかのように思うかもしれませんが、結構どうにでもなりますよ。社会人になってから留学する人もいるし、旅行に行く人は行きます。いろいろな経験をして視野を広げたいと思っている割に、視野が狭くなっているのかもしれませんね。就活を意識するなら、将来何にでも使える基礎的な勉強をしたり、専門性を身に付けたりするのがいいと思います。大きな一つの目標がある場合、ある程度サブゴールに分割するとモチベーションが維持しやすく、問題解決もしやすくなりますが、あくまでサブゴールです。そこに集中しすぎて本来の目的を失わないようにしなくてはなりませんね。

成長するための鍵は、何を得て何に繋げられるかを考えること

ーー確かに、経験を自分の中でどう落とし込むか考えることで、初めてその経験が生かされるのかもしれませんね。私はいろいろなことに挑戦するときに、一度冷静になれたらと思うのですが、いつもうまくいきません……

行動意思決定論の観点からいうと、同じ物事でも言い方次第で別の印象を持つことがあります。「この手術は90%成功します」と言われると、そんなに成功するならいいなと思うけれど「10%失敗します」と言われると不安になりますよね。このように、同じ物事でもフレーミングのされ方によって印象は変わるのです。だから「今しかできない」とフレーミングされると飛びついてしまう。とりあえずフレームの切り替えができるように一度落ち着いて考えてみると「今しかできない」ではなく「今やれることをやろう」と、心持ちが変わるかもしれません。それから、人間は今の気持ちがずっと変わらずに続くと思い込みがちですが、実際は違います。だから、今自分が思っていることが変わる可能性も踏まえて物事の判断をするように心がけると良いでしょう。

ーー「いろいろなことに挑戦したい」人がいる一方、「平穏な大学生活を送れればいい」という人も多いと感じます。このような意思決定の差はなぜ生まれるのでしょうか?

ギャンブルみたいな話になりますが、「確実に3万円もらえる」か「98%の確率で4万円もらえる」かなら、割と3万円の方を選びますよね。期待値で判断すると4万円の方が多いですが、それよりも確実な方を選んでいます。人間は基本的には不確実性を嫌う傾向がありますが、どの程度嫌うかによって判断に個人差がでます。また、状況によっても判断は変わって、損失の場合はリスクをとり、逆に利得の場合には確実な方を選択すると言われています。つまり、大学生活でいろいろな経験をせず大人になってしまうことに損失を感じる人ほどリスクをとり、予定を詰め込んでしまうのかもしれませんね。

――——ここまで話を伺ってきた「大学生のうちに!」という気持ちと、旅先で「限られた時間の中でできるだけたくさんの体験をしたい!」という気持ちは似ていると感じます。実際に大学生の心理と旅行者の心理に共通点はありますか。

これまでにも利得と損失の話をいくつかしましたが、大学生活や旅行中の限られた時間で「今しかできない」から挑戦しているというよりも、やらなかった場合のことを損失と感じているのかもしれません。「今やれることをやろう」ではなく「今やらないことは損だ」と認識をしていると、旅行中のゆったりした時間も落ち着かず、後悔しないようにあれもこれもしなきゃと焦って行動してしまいます。大学生活もまた然りで、恐らく何かしていないと損した気になるのではないでしょうか。大学生活も旅も、人と違う経験をしよう、できるだけ全部計画に入れ込もうと思うより、その経験から何を得て、何に繋げられるのかを考えることが振り回されないための鍵なのかもしれません。[了]

玉利先生の推薦図書

ファスト&スロー(上・下)あなたの意思はどのように決まるか?
ハヤカワ・ノンフィクション文庫/ダニエル・カーネマン

本書では、人の判断と意思決定について、直感によるヒューリスティックスとそれがもたらす様々な判断と選択のバイアスが、主に直感的で速い思考と理性的で遅い思考という二つのシステムの観点から解説されています。


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