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2018-02-18

岩井淳先生(静岡大学人文社会科学部教授)に訊く 「権力の実体と行使について」

武力を持ってして手に入れた政治的な力、先代から引き継いだ権力、生まれながらの才能……。手に余るほどの力を人々はどのように使ってきたのか。歴史を振り返り、人と強さとの付き合い方について考える。

[文:柴田萌(静岡大学人文社会科学部二年)/写真:田中楓(静岡大学人文社会科学部三年)]

岩井 淳先生

静岡大学人文社会科学部社会学科教授。歴史学を研究している。専攻はイギリス近世・近代史。趣味は歴史の舞台をめぐる旅。現在は、高校の先生方と運営する静岡歴史教育研究会、地歴教員養成講座に力を入れている。

置かれた境遇が運命をも左右する

ーー権力を善用した、または悪用した歴史上の君主について具体的に教えてください。また両者にはどのような違いがあったのでしょうか。

政治の良し悪しは君主個人の能力だけに求めることはできません。ヨーロッパでは中世から議会制度が発達し、君主の独裁政治をチェックしたり、専制に抵抗したりすることもありました。その典型的な例が、議会を基盤に国王の専制政治と闘ったピューリタン革命です。日本でも、世界でも、政治制度として君主制はありました。例えば世襲の君主が幼少で即位した場合には摂政制度があり、側近が君主に代わって政治を執り行いました。

しかし、国王の資質や王妃の行いが政治に影響したことは事実。一般的に、民意を反映しなかったり、信仰を弾圧したりして騒乱や革命を招いた君主は悪政を行ったと言え、ピューリタン革命やフランス革命の原因を作ったチャールズ一世やルイ一六世が挙げられます。ルイ一六世の王妃マリ・アントワネットの振る舞いも革命の要因となりました。一方で、頻繁に議会を開催し、民意を尊重した国王や女王は善政を行ったと言えるでしょう。例えば一六世紀後半のエリザベス一世が挙げられますね。

ーーピューリタン革命のクロムウェルや、フランス革命のナポレオンのように、権力に対して民衆の自由を守るために尽力しても、自分が権力を握ると初心を忘れてしまった人たちがいます。このような変化は、単なる思い上がりに因るものなのでしょうか。或いは、君主になったことにより精神的に追い詰められ、暴走してしまうなどということがあるのでしょうか。

歴史学の場合、先程と同様に、ある出来事の原因・結果を考える際、個人の役割よりも経済状態や社会の動き、思想・宗教の影響を重視します。従って革命の場合でも、思い上がりや君主の内面的な問題で因果関係を説明することはほとんどありません。

また、クロムウェルが革命の発端から議会派に身を置いて国王の処刑を押し進めたのに対し、ナポレオンは革命の後半に登場して独裁者になったので、位置づけが少し異なっています。ただ両者とも、革命をもっと進めようとする民衆側の人々と、革命の成果を摘み取ろうとする国王側の人々の狭間にあって、「革命独裁」という政治を敷きました。

これは本来、民衆の自由を守るために武力で権力を奪取した革命が陥るジレンマなのです。革命独裁は君主の専制政治とは違っていますが、次第に政治権力の基盤が狭くなって王政復古に向かうことが多いです。しかし、革命の成果は決してなくなることはなく、「フランス人権宣言」や「アメリカ独立宣言」は、その後の歴史で繰り返し参照され、次の時代を切り拓いてきました

物理的な強さから「対話力」へ 。今の時代に求められる真の強さとは

ーー君主は民衆と比較して権力が強いと言えます。しかし、その権力は自身の才能や実力によるものではなく、先代から引き継いだケースが多いです。そうした権力の行使は、本当の強さと言えるのでしょうか。

たしかに、君主自身は他の民衆と同じ人間なので、君主の権力は根本的に疑わしいものです。しかし、多くの人がそれに気付くのは、君主制が打倒された後のことです。現在でも幾つかの国では君主制が維持され、日本でも天皇制があります。支配側の人は当然、人間は不平等であると説き、身分制を維持しようとする。日本では、江戸時代に士農工商という身分の差別がありました。

また、君主は死にますが、君主制が滅びては困るので、ヨーロッパの支配者は君主の「自然的身体」と「政治的身体」を区別し、後者は永遠に存続するとしました。これについてはカントーロヴィチの著作『王の二つの身体』(平凡社)を参照してください。また宗教や教会が君主の権力と結び付き、国王の支配を神聖化することもありました。

イギリスの国教会や日本の国家神道がその代表です。現在でも君主制をとっている国々では、国王や王妃に特別な力があると信じられています。これは権威といい、政治権力とは区別して考えられます。いずれにしても、歴史学は君主制を全て否定するのではなく、過去の出来事として、支配のメカニズムを冷静に解き明かすことに務めています。

ーー現代を生きる私たちは、先人の権力の行使についての考察からどういった教訓を得られるでしょうか。自分が高い地位に就いたり、権力や財力を持ったりした場合、どういうことに気をつけるべきなのでしょう。

うーん、これも一言で答えるのは難しいですね。まず言えることは、権力者の理想像が変化したことです。日本の戦国時代を考えてください。戦国時代は腕力のある男性=武将が権力者になり、女性は「奥方」となる以外には、歴史に足跡を残すことは稀でした。しかし市民革命が起き、産業革命が起きると、社会の変化と共に人をはかる尺度も変わります。そこでは、権力者をチェックする議会が大きな役割を果たし、その中で多数派を形成できるような政治力が問われます。

また、産業革命によって資本主義社会が確立した現在では、この流れを根本的に変えるのは難しいけれど、公正な分配を要求することはできる。かつては腕力のある男性が権力を握りましたが、今ではそうはいかないのです。政治家にしても経営者にしても、向き合う人々の状況が分かり、痛みを分かち合うような共感能力が求められます。私はそれを「対話力」と呼んでいます。彼らにこの能力があれば、民衆の反発は弱まり、会社経営も円滑に進むでしょう。

ただし階級や性別、民族、宗教、文化の違いなどが絡んだ問題は絶えず生じます。そのため、歴史学はもちろん、人文社会科学も学んで、歴史や社会を冷静に分析し、解決策を導き出す知力を養ってください。また日本だけでなく、アジアや欧米など、世界にも目を向けてほしい。留学でも旅行でも良いので、ぜひ日本の現実を相対化し、世界と繋がるような知性を身に付けてほしいと思います。

なんだか話が大きくなってしまいましたが、大学は、日本や世界の現状と向き合い、それを学問的に分析するのに最適な場所です。権力を持つ人にも、持たない人にも、大学は分け隔てなく処方箋を与えてくれますよ。どうぞ、実りある学生生活を続けてください。[了]

岩井先生の推薦図書

ピューリタン革命と複合国家
山川出版/岩井淳

二つ目の問いに関連した一冊。本文には書ききれないことがまだまだある! ピューリタン革命とは何だったのか。イギリスで起きた一筋縄では解明できない歴史的事変に、岩井先生が多様な観点から迫っていく。また、後世に多大な影響をもたらした「革命」について興味をもったあなたに、遅塚忠躬著「フランス革命」(岩波書店)もおすすめだ。


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