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使える新古典|第一巻〜森鷗外の『舞姫』〜

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「わが弱き心には思ひ定めんよしなかりしが、姑く友の言に従ひて、この情縁を断たんと約しき。余は守る所を失はじと思ひて、おのれに敵するものには抗抵すれども、友に対して否とはえ対へぬが常なり。」(『舞姫』森鷗外)

これは、明治時代に森鷗外によって書かれた短編小説『舞姫』の一節。

現代語訳は、「毅然たる意志を持たない私には決断することができなかったが、ひとまずは友の言葉に従って、この女性関係を断とうと約束した。自分が守るところを失うまいと、敵対する者には抵抗するけれども、友に対しては厭だと否定できないのがいつものことであった」。

信用している友達に頼まれごとをされたとき、ついついOKしてしまうことってありませんか?OKしたもののよくよく考えてみたら、実はそれは大変なことだと気づく。でも、もう返事はしちゃったから後悔しても後の祭り。仕方なくやるしかない。こんな場面は人生でよくあることだと思います。今回は静岡英和学院大学人間社会学部〈古郡康人ゼミ〉から、そんな場面での決断の大切さを教えてくれる文学作品と言葉を紹介します。

ゼミの古郡康人先生。日本近代文学を専門に研究されている方です。

ゼミの古郡康人先生。日本近代文学を専門に研究されている方です。

本作の主人公である太田豊太郎は、上司の言うことをてきぱきとこなす20代前半の青年だった。しかし、留学先のドイツの自由な大学の雰囲気に触れるにつれ、上司に反論するようになっていく。そんな時に出会ったエリスとの関係を、同じ留学生仲間が告げ口して、それが反感をもっていた上司から疎まれて、ついには免官になってしまう。

その時、大臣に随行してのドイツ訪問が決まっていた太田の親友・相沢謙吉は太田の復職機会を見越して、まずは免官された太田を通信社の通信員としてドイツに留めさせるという布石をきちんと打った。さらにドイツで再会した相沢は太田に忠告をします。「第一に大臣の信用を得よ、第二にエリスとは縁を切れ」と。それに対して太田は「分かった」と言ってしまう。しかし、分かったと言って別れるのかというと別れない。その時には既にエリスは妊娠していました。

そして大臣がロシアに行くことになった際に、太田は「一緒に来ないか?」と聞かれるわけですが、「どうして命令に従わないことがございましょう」みたいなことを言ってしまう。大臣のロシア訪問に随行し、ますます大臣の信用を得ることになります。

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太田は「信じて頼む心を生じたる人(信頼できると考えた人)に対しては、深く考えないで分かりましたと言ってしまう」と弁解しています。よく考えもしないで返事したことを後に悔やんだとしても、その感情を自分で打ち消すように行動してしまう。これって現実の世界にもありそうじゃないですか?

自分が言った一つの言葉がどのような影響を及ぼすかということを、普段はそれほど考えなくてもいいのですが、それを考えないと時にとんでもないことになる。本作のこの一節は、そんな言葉の罪のようなものを学び取ることのできる言葉だろうと思います〈了〉

静岡英和学院大学 人間社会学部 古郡康人ゼミ

4年3人、3年9人、2年10人の研究室。現在有志によって「英和学生読書会」を開催している。毎週異なる短編小説を読み、その作品について感想を述べ合うというもの。毎週月曜2限・水曜4限、古郡研究室にて。今年度前期は昭和戦後文学を読み、後期は明治期の作品を読んでいくそう。
http://www.shizuoka-eiwa.ac.jp/


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