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2016-02-01

せんせいの引き出し

様々な専門分野で研究を重ねてこられた「知識の泉」をもつ先生たちのエッセイをつづる【せんせいの引き出し】。今回は、臨床発達心理学、社会心理学を専門とする小杉大輔先生のお話です。「赤ちゃんの研究者」とご自身を語る小杉先生。元々は専門外であった赤ちゃん研究のきっかけや、それ故に地域とのつながりを見出した先生のエピソードを紹介します。


興味の赴くまま、さまざまな心理学的研究をおこなってきた私であるが、「ご専門は?」とたずねられたときには、「もともとは赤ちゃんの研究者なんです」とお答えしている。私が勤務している大学の授業では、私の専門分野について扱うことはほとんどないので、本学の学生も私が赤ちゃんの研究者であることは知らないのではないかと思う。そもそも、男性が赤ちゃんの研究をすること自体珍しいし、私自身、どちらかといえば愛想がいいほうではなく、子ども好きに見えそうな容貌や雰囲気を表出しているタイプではない。

そんな私は、最初から赤ちゃんの研究者を目指していたわけではない。卒業論文のテーマは「大学生の友人関係」であり、学部生のころ主に勉強していたのは社会心理学だった。その後、大学院に進学してから赤ちゃんの認知発達を専門にしようと決めたわけであるが、赤ちゃんに興味をもつきっかけとなったのは、学部の三年生のときにたまたま受講した非常勤の先生の集中講義だった。

その講義は、当時最新の認知発達研究についてのもので、私が全く知らない内容ばかりだったが、とにかく面白かった。とくに、赤ちゃんに物理的に起こりえない事象(たとえばモノが自発運動するとか)を見せたときに驚き反応が起こるかどうかを分析することで、赤ちゃんのもつ外界についての知識を調べるという実験に心を惹かれた。ただ、それらは日本ではほとんどおこなわれていない研究であり、残念ながら、赤ちゃんを対象にした実験的研究は遠い世界のことのように考えていた。だが、大学院に進学し修士論文のテーマを決めようというときに、この集中講義のことが頭をよぎり、赤ちゃんのもつ知識を調べる実験をやってみたいと思い立った。指導教官にも、「難しいけれど、きっと面白い研究になるから頑張ってみなさい」と背中を押してもらえた。

しかし、実際に研究を始めるためには、解決しなければならない大きな問題があった。大学には赤ちゃんがいないのだ。赤ちゃんの実験は、まとまった数の赤ちゃんの協力が不可欠である。そこで私は、まず赤ちゃんが来る施設(保健センターや保育所等)に、調査をさせてください、とお願いをしてまわった。これは、飛び込み営業に近いものであり、当時の私にとって易しいことではなかったが、素人学生の無理なお願いを聞くことになった施設の皆さんにも大変なご迷惑をおかけしたことだろう。しかしながら、それらの施設の方々、学内外の先生方や先輩、後輩の応援と協力のおかげで研究環境が整い、私は研究者としてのスタートラインに立つことができた。初めての赤ちゃん実験のときの感動は今でも忘れていないし、支えてくれた皆さんへの感謝の気持ちが消えることはない。私のワーク・モチベーションの礎である。

静岡に戻ってからも、相変わらず、赤ちゃんの研究をするときには、地域の施設にお世話になっている。そこでのさまざまな方々との出会いが、貴重な勉強の機会になってきたし、地域に貢献できる仕事につながることもある。そんな赤ちゃん研究が、偶然受講した集中講義から始まっているのである。大学の授業は侮れないなと思う。

■小杉 大輔(こすぎだいすけ)先生

静岡文化芸術大学文化政策学部・准教授。静岡県生まれ。
京都大学文学部卒、同大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。専門分野は、臨床発達心理学、社会心理学。著書に「他者とかかわる心の発達心理学」(共著)など。最近は、消費者行動など産業・組織心理学分野の共同研究もおこなっている。

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