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2019-01-12

「ぼくたちはどうして恋をしてしまうの?・1」笹原恵先生(静岡大学静岡大学情報学部情報社会学科教授)に訊いてみた

恋愛、それは楽しくて素敵なものだけど、時に厄介なものでもある。そもそも恋愛ってなんだろう。どうして恋してしまうのだろう。考えれば考えるほどわからなくなる恋愛について、社会学の見地から。

私たち大学生をいつも悩ませている恋愛の正体が知りたいです。社会学における恋愛の定義を教えてください。

 実を言うと、社会学的に恋愛とはこうだっていう定義が決まっているわけではないんです。恋愛とは何かって一人一人違いますよね。例えば「私はあなたが好きです」と言うときに「私」が考える「好き」と「あなた」が考える「好き」は違うかもしれない。おそらく恋愛感情って人によって、ちょっとずつズレが生じているはずなんです。好きになる対象も、人によって多種多様です。異性を好きになることもあれば、同性を好きになる同性愛もある。異性も同性も好きになるバイセクシャルもあるし、最近はアセクシャルといって人を好きにならない人も出てきている。人を好きにならないっていうと不思議に思われるかもしれないけど、そもそも恋愛は昔から存在していた感情ではないですからね。少なくとも近代以降に生まれてきたものだというのが、社会史とよばれる研究で明らかになっています。
 これはどうしてかというと、今は恋愛結婚が主流ですよね。でも昔はマッチングで決まったり親が結婚相手を決めたりしていた。結婚式で初めて相手の顔を見るなんてケースもあったんです。結婚してから愛を育むことはあっても、今のように結婚以前に誰かを好きになったり、交際を経て結婚に至ったりという筋道はありませんでした。近代化に伴い、それまで社会の中に埋没していた自己が権利を主張できるようになった。そのなかで生まれてきた感情の一つが恋愛というわけです。
 だから恋愛って普遍的な感情ではないし、人間の本能でもない。しかも人によって定義づけが変わってくる。非常に多義的で捉えるのが難しいもの、それが恋愛なんです。

恋愛感情が本能ではないというのは驚きです。本能ではないのに私たちは恋をしてしまう。そんな恋愛体験は、私たちにどのような変化をもたらすのでしょうか?

 恋愛というのは他者を好きになることですよね。当たり前だけど、他者っていうのはどうすることもできない存在。これは恋愛だけに限らないけど、他者と接することは「自分にはどうすることもできない」と知ることなんじゃないかな。人間はスーパーマンじゃないし、必ずどこかで限界がある。恋愛は自分の限界を知る良いチャンスとも、しんどい機会とも言えるかもしれない。
 もともとね、恋愛のルーツの一つは中世の騎士道愛だって言われてるの。
 騎士道愛というのは、騎士が自分の仕えている君主の妻に想いを寄せること。相手は君主の妻で目上の人だし、そもそも人の妻だからこの恋愛は絶対に叶うことがないわけ。叶うことがないものを自らに課したっていうのが騎士の一種のトレーニングだったといわれていて。現代の片思いとすごく似ているよね。自分にはどうすることもできないことを自らに課すというのは、精神的な鍛練にもなるし。そういう意味では、恋愛は私たちを自分には何でもできるという自己中心的な考え方から、「愛情」や「思いやり」というような利他的な考え方に変えてくれる存在なのかもしれない。

確かに恋愛をすると「相手がどう思うか」を優先して考えますよね。では、恋愛体験によって私たちが得るものはあるのでしょうか?

 得るものはたくさんあると思う。さっき話した「利他的になれること」もそうだし。あとは、恋愛における精神的な交流は、自己肯定感を与えてくれます。相手が自分を好きでいてくれることとか「あなたのこういうところがいいね」と言ってくれること。あるいは自分が相手にそれを言うこと。そういうことが喜びになれば、もちろん自己肯定感につながってくる。
 逆にケンカをすれば自分の悪いところを見せられるかもしれない。でもそれって一人でいるとなかなか気づけないことだから、自らを振り返る良い契機にもなる。「他者は自分を映す鏡」とよくいうけれど、とりわけ恋人は、鏡の中でもすごく精度の高い鏡だよね。
 今、恋愛をしたいと思わない若者が増えていると指摘されている。「恋愛はめんどくさい」とか「今は忙しいから……」なんてのは、よく聞くセリフですよね。最近では「恋愛はコスパが悪い」なんて言葉も聞くようになってきた。「コスパが悪い」というのは「恋愛は必ず結婚につながるわけじゃないから無駄」と考えているわけです。ちょっと気になるのは「コスパ」だとか「めんどくさい」という形で、他者との関わりを避けようとしていること。恋愛を通して得るものというより、恋愛を通さなければ得られないものがあるような気がするからね。

自分の周りにも「恋愛はめんどくさい」という人はいます。大学生である私たちは恋愛とどう向き合い、恋愛を通して何を考えればいいのでしょうか?

 恋愛は、しなければいけないものじゃない。だけど私はしてほしいと思っています。たしかに恋愛ってすごく厄介で、時間がかかるかもしれないし、お金も使うかもしれない。でもそれって実はとても大切なことだと思う。
 人は一人では生きていけないから。自分一人が幸せであることも大事だけど、相手に幸せを与えたり与えられたりすることによって、相手と一緒に幸せになるというのは楽しいし、それって人生を豊かにすることでしょ?
 自分が好きになれるような相手と出会って「好きだ」という気持ちを持つのは素晴らしいことだと思う。
 恋愛に限らず、何かを好きになるって良いことだよね。そこを通して、得たり学んだり考えたりできるから。恋愛をするなかで、他者と出会うことの素晴らしさ、他者を愛することの素晴らしさ、そういうことを感じると豊かな人生になるのかなと思います。

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笹原恵先生
静岡大学情報学部情報社会学科教授。専攻は社会学で、インタビューやアンケート調査をもとにしながら、ジェンダー、家族、福祉、労働など幅広い分野の研究を行っている。

今回のお話をもっと深めるおすすめ本『「恋愛学」講義』スーザン・S・ヘンドリック / クライドヘンドリック(金子書房)
この本では、主に社会心理学的な観点から恋愛を解説しています。なかでも本書に登場する「愛の三角理論」は非常に興味深いもので、愛を「親密性」「熱情」「コミットメント」という三つの要素の組み合わせによって分類しています。加えて、歴史学や社会生物学、家族研究などの成果も交えて多角的に恋愛を分析し、考察しています。

澤口翔斗・文(静岡大学人文社会科学部二年)
増田純一・写真(常葉大学外国語学部四年)

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