土と人がともにある原風景を訪ねて
“土”に魅了された女子大生、樫田那美紀(静岡大学3年)は今回、実地調査に向かいました。訪問先は土が生きる現場、菊川市にある【上倉沢の棚田】です。案内人にNPOせんがまち棚田倶楽部事務局長の堀延弘さんと静大棚田研究会の部長、山本達郎さんを迎え、世界農業遺産にも登録された田園風景を歩きました。静岡県の”土”の力を徹底調査。私たちと土壌の切っても切り離せない関係とは!?
■昔のものを守る。土の力って凄い。
静岡時代編集長/樫田那美紀(以下、樫田):菊川市上倉沢にある千框の棚田は今も多様な生き物が集う日本の原風景。植物を育む土台となる「土」は、農業やそこに棲まう生き物たちにとってどのような存在なのでしょう。千框の棚田について教えてください。
静岡大学棚田研究会/山本さん(以下:山本さん):ここ上倉沢には江戸時代の中期に10ヘクタールもの立派な棚田があり、年に五百俵ものお米がとれたようです。今はかつての棚田面積のうち3分の1が復田しています。僕は棚田研究会で上倉沢の廃田でお芋や古代米をつくっています。大学祭などで、棚田でとれた古代米の販売や古代米を使ったたい焼きも販売しているんですよ。
樫田:古代米のたい焼き! 美味しそうです。それにしても棚田が折り重なる風景は圧巻ですね。
△場所:「せんがまちの棚田」静岡県菊川市倉沢1121-1
せんがまち棚田倶楽部/堀さん(以下:堀さん):上倉沢周辺は地面に平らなところがなく、食べていくためには山を切り開いて棚田を作るしかなかったんです。昔は家族が一人増えるごとに一枚田を増やすなど、棚田は人々の生活と共にありました。せんがまち棚田倶楽部では、そんな棚田の保全活動をしています。山をそのまま切り開いたため、一枚として同じ形はありません。だから今の農業機械を使わず、棚田が作られた頃と同じで全て手作業。土に農薬などの化学肥料も使っていないので、土を舐めても問題ないぐらいです。
樫田:そのくらい健康的な土壌なのですね! 農薬を一切使わない、千框の棚田は、土の力が大きいように思います。
堀さん:土に農薬をまかないことは、四百年前の戦国時代にこの棚田が切り開かれた頃から変わっていません。昭和50年代の減反政策によって、棚田は40年余り手付かずで放置されてしまうのですが、私たちが復田をすると「シャジクモ」という絶滅危惧種の藻が出てきたんです。昔のものを守る土の力は凄い。無農薬だから人が手入れしなくても、土や田が生きていたんです。僕たちが復田した時に、土が長い眠りからぱっと覚めた、そんな気がします。
山本さん:この棚田はそういった絶滅危惧種が多くいるんです。僕も今、必死に覚えようとしているのですが、種類が多くてなかなか厳しいです(笑)
■土は棚田の浄化装置
樫田:何百年も前の人々が見ていた景色と動植物に触れられる。初めてこの棚田を見たときに感じた「懐かしさ」の所以が分かった気がします。
山本さん:僕も棚けんに入って、千框の棚田を初めて見たとき「すごい綺麗だな。なんだか好きだ」って思いましたね。時々お昼にこの棚田でとれた棚田米を食べさせてもらうのですが、これがまた美味しいんですよ。
堀さん:本当に美味しそうにバクバク食べてくれるよね。とはいえ、僕らはお米作りのためだけに千框の棚田を守っているんじゃないんです。「ニホンアカガエル」や「キキョウ」などの貴重な生き物や植物、そしてこの景観を守り残していくのが仕事だと考えています。ほら、今の時期だと日本在来種「シュレーゲルアオガエル」がちょうど産卵の時期を迎えていて、今も鳴き声がしていますよね。この声を聴くためだけに来る人もいるんですよ。
山本さん:棚けんで、お茶畑から棚田にかけて水を取り込む場所にビオトープを作ろうと試みているのですが、まだ成功したことがないんです。こんなに生き物がいるのにその場所だけには生き物は棲みついてくれないんです。
堀さん:そうなんだよね。僕のお茶畑は棚田のすぐ近くにあって、良質な茶葉にする為に窒素を多くする化学肥料をまきます。その結果、溶け出した肥料成分を含んだ水が棚田に流れ込み、水を取り込む場所に生き物は棲まなくなる。そんな茶畑から出た生き物に良くない水は、棚田を一枚通ると、土が余分な窒素を吸って生き物が棲みつく綺麗な水になるんです。この棚田が一つの大きな浄化装置なんですよね。
■人と土がともにある静岡県の原風景
樫田:土と水は強く関係し合っているんですね。山本さんは棚けんに所属していて、私を含めた大半の学生よりも土に触れ合っている大学生ですよね。
山本さん:そうですね、僕も大学にいると不意に「最近棚田に行ってないな、行きたいな」と思うことがあります。慣れない作業を全て自力で行うのは大変ですが、どの作業も楽しいんです。
堀さん:一生懸命どろんこになりながらやってくれています。みんな全く土に抵抗ないしびっくりですよ(笑) 。
樫田:この手と土で何かを育めるということを忘れてはいけませんね。堀さんにとって棚田の魅力とはなんですか?
堀さん:今の世の中には何でもあるけれど、この棚田には、何もないけど何かがあるんですよね。貴重な生き物だったり日本の原風景だったり、日本人が失くした大切なものがある。ここの棚田の目的はお米を売って僕らが生活をたてることでないからこそ、僕らも土と自由に交わえるんです。
山本さん:僕らも思いっきりわいわい騒いで楽しく作業できるし、部員のみんなも、この棚田が大好きなんです。
樫田:お二人を見ていると、棚田が人を繋げているんだと実感します。私もまた棚田に遊びにきていいですか?
堀さん・山本さん:ぜひ! 棚田で待ってます!(了)
堀 延広(ほり のぶひろ)さん[写真:左]
NPO法人せんがまち棚田倶楽部 事務局長。生きものがにぎわう美しい棚田を目指し、棚田の回復と保存・維持の活動を行っている。菊川市北東部に位置する千框は、総面積10.1ha、3000枚以上の棚田で構成された風景が広がる。
→ http://www.tanada1504.net
山本 達郎(やまもと たつろう)さん[写真:中央]
静岡大学理学部3年。棚田研究会(通称:棚けん) 部長。棚けんは2009年12月に設立。NPO法人せんがまち棚田倶楽部と連携して田植え、草刈などの棚田保全活動を行っている。また、シズオカガクセイ的新聞では月イチで、団体の活動や棚田の風景を伝えるレポートを連載中!
→ http://www.tanada1504.net/tanaken/
【取材/静岡時代】
・樫田 那美紀(かしだ なみき)
静岡大学人文社会科学部3年。巻頭特集「静岡の土を舐めたい」編集長。
・亀山 春佳(かめやま はるか)
静岡英和学院大学3年。本記事取材・執筆者。
▷記事掲載号:2014/06/01