静岡県で美術は可能なのか?美術土壌論

美術は時代を描く。現実を忘れさせる美への陶酔

美術館に美術作品を収蔵するということは、その美術作品を歴史化するということ。 世界各国からどんな作品を、どんな基準で集めているんだろう ? その価値って ? 静岡県立美術館の学芸部長の泉万里さんに聞きました。 (静岡時代vol.40:静岡美術50年史より)


泉万里さん(いずみまり)
静岡県立美術館 学芸部長。日本美術史学者。
専門は 日本中世絵画史で、屏風絵や絵巻物を扱った研究をされている。東北大学文学部、大阪大学大学院文学研究科にて日本美術史を学んだ。

三好景子(みよしけいこ)
静岡大学教育学部4年(※取材当時)。本企画編集長。

「こわれやすい美術」文化的価値を残していく

―― そもそもなぜ美術品を収蔵するのでしょうか?  

(泉さん) 端的に言うと、美術品はこわれやすい動産なのです。放っておいたら、どこかへ行ったり、劣化してしまいます。 例えば、明治時代の廃仏毀釈です。日本の仏教美術の名品が寺から離れ、海を渡り、ボストン美術館などに収蔵されました。そこで大切に管理されているとはいえ、日本の宗教、社会、歴史的観点からみても重要な作品を日本に留めることができなかったことは残念です。美術館や博物館が収蔵すること で文化的価値のある作品を日本に留め、大事にすることができます。美術館によって収蔵基準は異なりますが、静岡県立美術館の場合、収蔵基準は5 項目あります。

17 世紀以降の日本または西洋の風景画、近代以降のロダンを中心とした国内外の彫刻、 20 世紀以降の美術動向を示す作品、静岡県ゆかりの作家または作品、富士山をモチーフとした作品です。一九八六年の開館当時は「17 世紀以降の日本または西洋の風景画」を主として収集していました。その後、ロダンの彫刻「考える人」を寄贈していただいたことを きっかけに、ロダン館を一九九四年に 開館します。そうして収蔵基準が、近代以降のロダンを中心とした国内外の 彫刻、今を生きる私達を囲む美術品、 静岡県という地元で活躍してきた作家の作品、富士山をモチーフとした作品など徐々に増えていきました。

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―― 時代によって変わる部分と変わらない部分があるのですね。ちなみに、 美術品の購入にはどのくらいのお金がかかるのでしょうか? 

(泉さん)過去に購入した作品のなかで高額なものは一点で数億円になります。実際にどれだけの金額が使われてきたかは 『静岡県立美術館年報』(ホームページ 「美術館概要」に公開)で公表されて います。今は、どこの美術館も作品購 入予算は削減され、展覧会を開く経費も減っています。その打開策として複数の美術館が合同で一つの展覧会を企 画する巡回展がよく行われています。

現在、当館では山梨県立博物館と合同で「富士山~信仰と芸術~」展を開催しています(※現在は終了)。古より信仰の対象とされ、芸術の源となった富士山の文化的意義を示す為、富士山に関わる文化財を一堂に集めた展覧会です。互いの学芸員の強みを活かして、当館は絵画、 山梨県立博物館は古文書や民俗学、彫 刻といった仏教史、信仰の分野からこの展覧会を成り立たせています。美術館だけでなく、神社仏閣や個人、コレクターの方など、色々なところからお借りしながら、富士山と文化に関わる歴史的変遷や、信仰を起点として生み出された造形をご覧いただけます。

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静岡は絵画、山梨は古文書や民俗学。互いの学芸員の強みを活かす

ーー社寺や個人の方からも作品をお借りするんですね。驚きです。

(泉さん)出展作品の一つに山梨県の江原浅間 神社の御神体である神像があります。 女神像を背中合わせで三方に配し、中央に如来の半身を配しています。富士山の神様は古くから女神であると考えられていますが、それを造形として確認できるのは平安時代に造られたこの神像が最古のものです。その地域の信仰の篤い方々によって何百年と守られてきた神像ですので、展覧会にお借りする事も簡単ではありません。山梨県の学芸員がお願いを重ねて、今回お出まし頂いているのです。

他方で当館の収蔵品も、他の美術館 や博物館、海外へ貸し出す場合もあり ますが、日本の美術品はデリケートな 紙や絹が基本です。当館の収蔵品にしても、誰かからお借りする美術品にしても、長い時間、誰かの手によって守られてきたものを、いま私達が壊すわけにはいきません。作品を守ることも学芸員にとって重要な仕事です。あまりの責任の重大さに寿命が縮んでしまいそうな思いです。

 

誰かの手によって守られてきた今、私達が壊すわけにはいかない

ーー美術館に限らず社寺や個人の方が美術作品の価値を認識し、残されてきたことで後に分かることがあるのですね。ただ、例えばロダンの彫刻など同時代を生きた作品でないものに、今を生きる私達はどのような価値を見出すことができるのでしょうか?

(泉さん)作品にはそれぞれ生まれてきた背景、社会、歴史があります。これらの要素が全て凝縮し美術品という形となって残るのです。それが歴史を越えて、現代の私達の元にあるということの面白さがあります。例えばロダンの『地獄の門』が発表された19 〜 20世紀 は、今で言う現代美術として捉えられたでしょうね。私達も今の現代美術に対して衝撃を覚えますが、『地獄の門』 も同じだっただろうと推測できます。

いつの時代も、その同時代を生きる作家の評価は定まりません。今は注目されていない作家でも、百年後には世界的に有名な作家となっているかもしれないし、逆に忘れ去られているかもしれない。ものの価値を決めるのは最終的には時間です。現代美術を収蔵するときは、同時代人としてその作品をどうとらえるかだけでなく、後世の人 達に誇れる収蔵品となるか、学芸員はとことん考えます。

必要なのは想像力です。想像することで作品に対する昔の人の見方や思いを呼び起こすことができ、美術品の 知的な面白さを発見できるはずです。 様々な時代の美術作品や文化財と対話できるのが美術館です。時間を越えた作品が癒しや和みを与えてくれる瞬間もあります。ふっと現実を忘れさせてくれる美しさへの陶酔、自分が解放されるチャンネルとして美術作品や文化財を利用してみてください。 (取材・文/宗野汐莉)

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■静岡県立美術館

http://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp
静岡県立美術館では、オーギュスト・ロダンの作品32 体を常設展示しています。屋内展示であるため保存状態は良好です。

2016年03月30日 | Posted in 知の地図をつくろう | タグ: No Comments » 

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