卒論史にみる、静岡県大学生史
卒業論文には大学生が何をどう問い、導きだしたが集約されている。過去、同じように大学生であった人たちは、私とどこか違うのだろうか? 卒論をどう捉えていたんだろう? 静岡大学名誉教授・日本史の専門家の本多先生に訊く、大学時代における卒論とその醍醐味。
(静岡時代36号/巻頭特集『伝説の卒業論文』より)
今も昔も卒論へのひたむきな姿は変わらない
ーー私にとって卒業論文は、乗り越えなくてはならない大学時代の最終関門です。でも、そもそも卒論とは大学生にとってどんな存在なのでしょうか?
(本多先生)まず普段の講義で提出するレポートと卒業論文は、密度の点で大きく違いますよね。レポートが講義のまとめなどであるなら、卒論は学生が大学で学んだことの集大成です。大学の授業は、一年生のときは基礎的なものから始まり、二年生、三年生になるにつれて専門性が増していきます。その全部が卒論に反映されるというわけですから、卒論が勉強の積み重ねの末にあることがわかるでしょう。
やはり卒論に真面目に取り組めば、そのときのノウハウはどんな分野にも応用が利くものです。それは専門分野とは関係ない会社に就職した時もそうです。たとえば何かをリサーチするとき、調べ方は卒論を書くときに使った方法とそう変わらないことが多いです。私は静岡大学に勤めるようになってから35年間、合わせて455本の卒論を読んできました。
それでも、卒論の口頭試問で学生と向き合うと、毎回こっちまで緊張してしまいましたね。口頭試問が終わると、三年生までとは違って一段突き抜けたような、この子も一皮むけたなぁと感じていました。本人にも達成感がありますし、大学としても学生の成長を期待して卒論を課しているのではないかと思います。
ーー455本の卒論……。本多先生だけでも、それだけの数の卒論が静岡の大学社会に積み上げられてきたんですね。時代とともに、大学のあり方も変わってきましたが、静岡県の大学生や卒論に挑む姿勢にも変化があるのでしょうか? 大学の歴史や時代背景とともに教えてください。
(本多先生)1960~1970年代は学生運動が活発で、ベトナム戦争など大きな事件が世界各地で起こっていたこともあり、学生は社会情勢に対して大きな関心がありました。ですから、日本史の卒論も、百姓一揆をテーマにするなど闘争に関わるものがかなりみられたように感じます。今は学会などでも政治的なテーマは少なくなり、個人が好きなテーマで卒論を書き進めるようになりましたね。
学生そのものも、今と昔では違いがあります。センター試験(共通一次試験)導入前は、旧帝大をはじめとする一期校と、それ以外の二期校に国立大学の受験時期が分かれていました。静大は二期校だったのですが、当時、人文学部人文学科のような哲学・史学・文学がある学部は二期校では珍しく、一期校の文学部に落ちた学生が全国から静大人文学部に入学してきました。センター試験導入後は、一期校・二期校制が廃止され、学生に地域的な偏りが出て、静大も東海地域出身の学生が多数を占めるようになりました。
ただ、時代によって卒論のテーマや学生の様相が変わっても、卒論の意義に真剣に向き合っていく学生がいるのは、今も昔も変わりません。おかげで、論点や問題意識がしっかり認識された質の高い卒論に毎年のように出会うことができました。卒業後に研究者になり、私と同じ大学教員の道に進んだ学生も何人かいます。それは嬉しいことですね。
後輩に引き継がれる卒業論文。それは、自身の成長の糧になる。
ーーいいお話ですね。私は大学の在り方が変わっていくなかで、卒論の在り方も変わってきているのではと思っていました。来年から就職活動が四年の春スタートになるなど、研究と就活との両立が大変になって、卒論が「こなす」ものに変わりつつあるのかなと。大学生の卒論・卒制から得られるものを、学生自身や社会が期待していないんじゃないかと思ってしまいます。
(本多先生)昔の就活も、春からスタートしていたんです。それでも学生はきちんと卒論と向き合っていました。当時のようになるだけで、心配いらないと思います。むしろ今は就活の時期が早いために、三年の後半から浮足立っている学生が多数見受けられますが、私はこれには感心しません。三年生は一番勉強しなければならない時期だと思っています。三年生は特に専門性の高いことを学びますから、そこを疎かにすると良い卒業論文は書けません。
これからの大学は、学生の数が減ることは避けられないでしょう。これは静岡に限らず全国的な現象ですね。このままいけば、私立の大学を中心につぶれるところも出てくるでしょう。学生が減ることで、選びさえしなければどこでも入れるような、大学全入時代にすでに突入しているのです。そうなると、学生自身の能力の低下につながり、卒論を満足に書けないような学生が実際に出てきていると思います。すると大学でも、卒業するのに卒論を課すところが少なくなっていくかもしれません。
ーー卒業論文の意義を考えると、あまり良いことではないかもしれませんね。どうしたら卒業論文・卒業制作に必死になる風習がこれからも残り続けるのでしょうか。
(本多先生)そうしたいのであれば、各大学で行わなければいけないのは、キャリア教育のような社会に出てから使えるような実践的な講義よりも、学部ごとの基礎・基本となる授業を丁寧に行っていくことです。活字の資料や論文などを読む訓練なども必要でしょう。
あとは、学生一人一人が、卒業論文や卒業制作を自身の成長のチャンスだという風に捉えられるかどうかですね。その姿を研究室などで後輩が目にして、憧れたり、刺激を受けたりすることで、卒論を書く意義を見出してくれれば、それが一番素晴らしいことでしょう。卒業論文は大学四年間の集大成で、完成までにはたくさんの過程があります。
私の専門である日本史の場合、必要になれば古文書・原本などの史料を探さなければいけないこともあり、その点数はかなりの数になるでしょう。一つ一つの工程は地道で大変なものですが、それをくぐり抜けた学生はそれまでの学生とは一味違うわけです。私としては、ぜひ皆さんには卒論に挑戦してほしいですね。(取材・文/野村和輝)
本多 隆成(ほんだたかしげ)先生
静岡大学 名誉教授。文学博士。専門は日本史。
地域に根付いた歴史を研究され、主な研究テーマは東海地域史や徳川家康。1973年から静岡大学に勤務され、以後35年間多くの学生に教鞭を執ってきた。目標は「自分にしか書けない歴史の概説書を書くこと」。
▷▷このお話をもっと深く掘り下げたいひとへ本多隆成先生からのオススメ本!
・有光友學『今川義元』吉川弘文館. 2008
・本多隆成『定本徳川家康』吉川弘文館. 2010
鈴木 理那(すずきりな)
静岡大学教育学部4年、本特集の編集長(※取材当時)
野村 和輝(のむらかずき)
静岡大学経済学部4年(※取材当時)。本記事の執筆者。