「ぼくたちはどうして恋をしてしまうの?・2」永山ルツ子先生(静岡英和学院大学人間社会学部教授)に訊いてみた
「うつくしい人」を見るだけで胸がときめく瞬間がある。どうやら私達は多かれ少なれ「顔」を恋愛の一要素と捉えているようだ。認知心理学・実験心理学から見える恋愛の正体とは?
恋愛は私たちの学生生活の一部といっても過言ではありません。故に、感じ方や捉え方が人それぞれあると思うんです。先生が考える「恋愛」の定義とはなんでしょうか。
まず、心って一体何でしょうか? 胸がキュンってなるとか、好きな異性の前では胸がどきどきするとか、よく言うじゃないですか。そのどきどきって実は人間の脳が恋愛と勘違いしているんです。それを検証したのが、ダットンとアロンのつり橋実験。頑丈な木製の橋、またはゆらゆらな吊り橋を渡っている男性に、女性が橋の真ん中の方でアンケートをとって、答えが分かったら私に電話をしてくださいという風に頼むわけです。そしてどれだけの人が電話をかけてくるかを調べます。結果として、頑丈な橋は一三%に対し、吊り橋は五〇%、二人に一人の男性が電話をかけてきたんですね。好きになったからどきどきするのではなく、どきどきするという生理的な状況から橋の上で女性に会う。そして後から私この人を好きになったかもしれないという風に、生理的な要因を認知的に勘違いする。脳が勘違いをするわけです。
もう一つ実験を紹介しましょう。まず、ある二人の顔写真を一枚ずつ見せます。そしてあなたの好きな方はどちらですか? という風に選んでもらいます。その後に、わざと選んだ方ではない写真を渡します。はい、あなたの選んだ方はこちらですね、どうしてですか? と理由を聞くと、ほとんどの人ははっきりと理由を述べました。これは、チョイスブラインドネスと言われる現象です。この人が好きという意思決定は、後付けをしていることになるので、結構曖昧なものなんです。つまり、恋愛とは生物的な身体の状況を脳の認知機能が認識すること、自分の状況と相手の顔、声や仕草とか視線、表情などを総合的に判断していって、結果、恋愛の程度はだいたいこれくらいというように後付けをしていると私は思っています。総合的な脳の結果が心というものなので、好きっていうのは脳の総合的判断になります。
恋愛は心と心のつながりであると私たちは考えがちですが、認知心理学的には脳の勘違いなんですね。私たちの脳は私たちの「恋愛」にどのように影響を与えているのでしょうか。
魅力についてお話しましょう。魅力的な顔の一つに平均顔が挙げられます。平均顔とは、二つ以上の顔画像を合成して作った顔のことです。なぜ平均顔は魅力的に見えるかというと、私たちは自分の記憶の中の顔を平均した、ある種のプロトタイプのようなものをもっていて、そこからどれだけ逸脱しているかという形で魅力的かどうかという風に見ています。自分の好みのタイプってありますよね。それは小さいころからのプロトタイプのようなものがあると思うんです。例えば、自分の幼稚園の好きな男の子とかが核となって、自分の好みになっていると思います。
美人ばかりを集めた平均顔がベストの顔だろうけど、ベストと自分のプロトタイプとは別です。私たちは、記憶から作られた自分のプロトタイプとどれだけ差があるかというのを、勝手に差分を測っているんですね。
自分のプロトタイプのように、皆さんの長期記憶は無意識の中にあります。長期記憶は思い出すときに再構成するんですけど、その時にフィルターがかかってしまうんです。例えば、何かプレゼントをしてくれた相手や昔付き合っていた人が良く思えてしまうのは、自分の中で思い出補正をしているからですね。例えば、ストーカーがたまたますれ違っただけで彼女とデートしたと思い込んでしまうというのも、再構成の時に非常に強く補正をかけてしまっていることになります。自分で強くイメージするだけで、記憶は作ることができる。記憶を変容させることもできてしまうんです。だから記憶がすべて正しいとは限らないということになります。
では、自分自身を監視するシステムが必要になりますね。そこで脳の前頭前野という部分がモニタリングとコントロールを行います。自分の認知や行動をチェックして、状況にあわせて認知や行動を修正しているんです。例えば、今好きな子と二人っきりなんだけど、隣の部屋にはお母さんがいる。そういうときは抑えるわけですよね。このように自分の状況を客観的に考えて行動することを心理学用語でメタ認知と言います。自分のイメージと、社会的なものや色々なコミュニケーションなどを合わせて、今自分はこうだからこれをしなくてはというように、本能的にある情動を前頭前野がコントロールし理性を働かせるのです。だから私たちがいう理性というのはメタ認知であり、それが本能をコントロールしていることになります。
脳の前頭前野が自分の認知や行動をモニタリングして、状況に合わせてコントロールしているのですね。このような脳の作用を踏まえて良い恋愛をするためには、どのようなことを心がけるべきでしょうか。
私は恋愛トラブルを防ぐことが大事ではないかと思います。恋愛は錯覚や記憶変容を起こすことが度々あるんです。本当は相手は私のことを想っていないけれども、目があったから、ノートを貸してくれたからという理由で、それを良い方に解釈してしまう。良い恋愛をするためには、メタ認知でコントロールして自分自身を冷静にモニタリングしていくことが必要です。恋愛っていうのはまず自分、そして相手。相手を思いやって、自分を客観的に分析して、いいコミュニケーションをつくるっていうのが一番だと思います。恋愛っていうのは相手だけ見るのではなくて、自分も高めること。そのためには自分自身の本能をコントロールする。ここのコントロールは制御という意味ではなく、自分も一緒に相手に合わせながら高めていくことです。対等に見て一緒に成長し合えることが大切。だってデメリットがあるのは恋愛じゃないから。相手の良いもの、自分の良いものに交互に目を向けることが恋愛なんじゃないかな。
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永山ルツ子先生
静岡英和学院大学人間社会学部人間社会学科教授
実験心理学、認知心理学の分野で活躍。特に「顔」の認知についての研究に力をいれている。ご主人と共同研究で平均顔合成ツールを開発、現在App Storeでアプリとして販売中(「平均顔合成ツール Average Face PRO」で検索!(すごくおもしろいです!!) )
今回のお話をもっと深めるおすすめ本「恋愛の科学 〜 出会いと別れをめぐる心理学」越智啓太(実務教育出版)
科学とは客観的な方法で研究することをいいます。主観的に見える恋愛をこの本は科学的視点から検討しています。恋愛の深さや美人・イケメンの基準を数値化するためにはどうすればいいか、別れを統計的に予測することはできるのか。恋愛に関する心理学研究のデータを元に紹介しており、また、巻末には恋愛スタイルを測定できる尺度もあるのでぜひ試して見てください。
渡邊杏澄・文(静岡県立大学経営情報学部二年)
峰松美祈・写真(静岡大学農学部二年)