土のスペシャリストに聞く!そもそも土って何ですか?
一見地味な土だけど、自然界のメカニズムの中でどうはたらいているのか?静岡の土ってどうなの? 土壌学の専門家であり土の救世主的存在、静岡大学の南雲俊之先生に聞きました。先生、私たちにご指南ください!
■自然物であり、植物が生育可能。それが土。
ーー南雲先生の専門分野である土壌学的にいうと「土」とはそもそもどういったものを指すのですか?
(南雲先生)土壌学的にいうと「自然物であること」と「植物が生育している、もしくは生育可能である」という二つの条件を同時に満たすものを「土」と定義しています。自然物というのは、水があり、植物がいる自然のなかでできたということ。たまたまそこにあった岩石の上、川の氾濫や火山の噴火などで堆積物が積もったところで、風化が生じ、また植物が侵入して植生が発達していく。このとき、雨が多いとか、植物の違いによって土に様々な変化が起こり、固有の土壌が作られます。
ーーでは、砂場の砂は「砂」であって「土」とは呼べないのでしょうか?
(南雲先生)砂場の砂は植物が生育可能なので土に分類できます。ただ、定義を厳密に適用しようとすると「植木鉢にいれた砂」というのは判断に困ることもあります。例えば、月の表面にあるものは土といえるか、考えてみてください。地球に持って帰って植木鉢に入れて、肥料をまいて種を植えたら植物が育ちそうな気がしませんか。しかし、月にある限り植物がいないので、残念ながら「植物が生育可能か」という定義によって土壌学でいうと月には土が存在しないことになります。
ーー植物が土の定義には必要不可欠なんですね。なんの変哲もないような土から植物が立派に育つことは不思議なことであり、目に見えずとも生命のうごめきのようなものを感じます。土の中で何が起きているのですか?
(南雲先生)まず、土壌の岩石など「一次鉱物」の集合体が、雨風や岩石自身に含まれる水分の膨張などの影響を受けて風化され、鉱物自体に含まれている鉄、リン、カリウムが少しずつ溶け出します。これらの元素の多くは植物の栄養になります。土はこれらの栄養を蓄えて植物に与え、生育を助けています。
ただし、窒素は植物の生育において三大栄養素の一つで、大気中にたくさん存在しますが、植物はこの大気中に存在する窒素を自力で取り込むことはできない。ですが土の中に、大気中の窒素ガスを植物と共生しながら取り込むことのできる、ある種の微生物がいます。そのおかげで、植物は大気中の窒素を利用できるようになります。この微生物の働きを生物的窒素固定といいます。
土の性質としてもう一つ上手くできているのが排水の機能。雨が降ると土に水がしみ込んでいきますが、大雨でしみ込みきれなくなると、表面にあふれます。これは雨のとき川が茶色の濁流になる原因にもなります。でもいったん雨がやめば、すぐに重力の働きで余分な水を排水し、排水した分だけ酸素を含んだ新鮮な空気が土に入り根に届けられます。このとき全部の水を排水しないで、植物が使う分の水を残してくれる。これが土の働きです。土は植物に水と栄養を届ける台所なのです。
ーー植物が育つコンディションを自然に整えてくれているんですね。では、静岡県の土の中で違いはありますか?
(南雲先生)静岡県にしか存在しない土というのはありません。例えば、静岡県には、山地に「褐色森林土」、丘陵地には「黒ボク土」、「赤黄色土」、川沿いの低地には「グライ土」などが分布していますが、これは全国共通です。でも見たことないでしょうけど、この四つは色も形も異なるんですよ。その中でも「黒ボク土」は、世界遺産にも登録された富士山や観光名所が多い伊豆という静岡県東部に広がっていて、象徴的な土ですね。「黒ボク土」地帯は大規模な露地野菜産地になっていることが多く、静岡でも根菜類など多くの野菜が栽培されます。静岡県のものは主に穴の開いたボールのような形をしたアロフェンという鉱物が多いタイプのものです。
土に含まれる水液相、空気気相、鉱物と有機物固相の容積割合を百分率で示したものを「三相分布」と呼びます。一般的な土は、固相が約半分、残り半分は気相と液相で構成されています。それに対して黒ボク土は、鉱物の割合が全体の四分の一程度と少ないのが特徴。残り四分の三は液相と気相です。つまり、隙間が多いということ。粘土質の土壌だとべちゃべちゃするんだけど、黒ボク土は手触りも軽くてホクっとした感じになることが多い。おかげで植物の根が入りやすく伸びやすい。隙間がある分、排水もしやすい。こういった性質が野菜栽培に適しているんだと思います。
■「土」にまいた肥料が汚染につながる?いかに土壌を育てるか。
ーー黒ボク土、なかなかやりますね。土が含む物質により質感も植物の生育も大きく左右されているなんて驚きです。では、静岡県の土はどのように変化してきたのでしょうか。
(南雲先生)県内の川で水質調査をしていると、お茶畑が多いほど川の水の硝酸濃度が高い。静岡県の特産品であるお茶畑には、窒素肥料が大量にまかれています。「土」にまいた肥料の一部が水質汚染の原因となるのです。もう一つはリンの問題。日本の土は酸性土壌があったり、火山国のため火山灰の影響を強く受けたりしています。そうした土壌ではリンが土壌中のアルミニウムや鉄と完全に結合して、植物は利用できなくなります。そこで農作物の収穫量を上げる目的で、過去約年間にわたりリン肥料がまかれてきました。
しかし実際は、肥料として100まかれたもののうちは土壌粒子と結合してしまい植物にとって利用不可能なものとなる。植物の成長に役立つのは残りのだけ。一割の効果を得るために、何十年も肥料として大量にリンがまかれ続けたわけです。その結果、現在では、土壌に沢山のリンが溜まってきました。この溜まったリンから、ごく僅かずつではあるけれども、溶け出すリンが植物だけでなく環境にとっても無視できなくなってきている。この問題を、僕は水田土壌を対象に研究しています。
僕の研究は、お茶畑で使われる肥料と川の水質汚染の関係や、リンの溜まった水田ではこれ以上リンをまく必要がないということを、現地でのモニタリングやいろんな実験によりきちんとデータとして示し、土壌管理の正しい方向を見つけていくことを目標としています。
ーーお茶畑が水質汚染と関わっているとは思いもしませんでした。最後に、以前と比べ私たちが土と関わる機会は減っていると感じます。土と私たちの繋がりはどうなっていくのでしょうか。
(南雲先生)僕が子どもの頃に比べ道路や工場は増えて、あぜ道や緑や土が減ったと感じます。ただ、いったんコンクリートの下に埋めたてられてしまった土はしょうがないでしょう。もとは田んぼが広がっていた場所も、田んぼを続けられなくなった理由があって埋め立てられたのだろうから。そういう場所を田んぼだった頃の状態に戻してまで、もう一度田んぼをやる人がいるだろうか。その変化はどうしようもないことだから、受け入れるしかない。今ある農地もいずれは埋め立てられるかもしれない。そんな今だから、残った田んぼや畑で、いかに上手く土壌を育てて管理するのかを考えていく。そのために、土壌学の視点から環境への負荷を少なくしつつ、土壌保全を行うことが僕の担っている役目だと感じますね(了)
南雲 俊之(なぐも としゆき)先生
静岡大学 農学部 共生バイオサイエンス学科 准教授。
研究分野は土壌肥学と持続可能型農業科学。土壌保全を目的とし、水田土壌に集積したリンの有効利用について主に研究されている。藤枝市にある農学部の所有する研究農場も研究拠点の一つだそう。
▷▷このお話をもっと深く掘り下げたいひとへ南雲俊之先生からのオススメ本!
『土とはなんだろうか?』久馬一剛. 京都大学学術出版会.2005.
【取材/静岡時代】
・杉野 花菜(すぎの かな)
静岡大学人文社会科学部2年。本記事取材・執筆担当。
・樫田 那美紀(かしだ なみき)
静岡大学人文社会科学部3年。巻頭特集「静岡の土が舐めたい」編集長。
△記事掲載号:2014/04/01発行